■ 研究者情報
学部学科 帝塚山学院大学 リベラルアーツ学部
職種 教授
氏名(カナ) オオモリ アツシ
氏名(漢字) 大森 淳史
生年月 1954 年 08 月
 
■ プロフィール
 私は美学研究を18世紀後半に活躍したドイツの哲学者カントの研究からはじめた。カントは、古典主義と結びつく合理主義のように美を客観的に規制する原理を排除して、結果として心の中におのずと生じる快い感情状態にこそ美の判定の原理があるのだとした。しかもそれは、あたかも何ものかが定めた目的に統制されているかのような調和が感じられるがゆえに、その美の判断は普遍妥当的だと主張されることになる。それはちょうど、有機体について判断する際、個々の部分から構成的に説明していくことはできなくとも、全体としての目的を仮説的に設定することで個々の部分を説明できるというのと原理的には類比的である。ただし、美の場合は心の中にじかに感じられるその実感を根拠にするわけだから、より確かな根拠に基づいているともいえる。カントが『判断力批判』において美の問題を有機体の問題と並列的に論じたのは、ライプニッツのモナド論における目的論的な予定調和説を、当時の美学説や生物学の議論と照らし合わせながら、自身の理性批判のなかで再構築する意図があったからである。
 カントは進化論を知ることなく有機体の問題を目的論、すなわち生物の有機体について判断する際の合目的性の原理の問題として論じたが、カントから100年後に、カントが『判断力批判』で論じようとした合目的性を原理とする問題領域を、生物の有機体に対する判断の問題に代えて、歴史の中に現れでる人間の生の理解の問題を置き、それをやはりカント同様芸術における人間の生の表現とその理解と結びつけることによって引き受けたのは、ドイツの哲学者ディルタイである。ディルタイはそうした彼の学問方法を、カントの理性批判に倣って、「歴史的理性批判」と呼んだ。私はディルタイの美学の研究にも長らく携わり、何本かの論文を書いた。2015年に出た『ディルタイ全集(第5巻)』(法政大学出版局)において、ディルタイが1892年に書いた『近代美学史の3つの時期とその今日的課題』の翻訳およびその詳細な訳注を担当した。
 ディルタイが用い、20世紀初頭に流行語となった用語に「体験」がある。芸術とは彼によれば「体験の表現」である。私はそこから、20世紀初頭の芸術運動に関心をもち、ことに「表現主義」芸術運動に関心を持った。その際、私は美学者として、単に造形表現上の問題を追うだけでは満足せず、その文化史的、社会思想史的背景を含めて、初期現代美術運動の観念的起源を確かめようとした。ことに関心を持ったのは、1890年代におけるニーチェ思想の流行、それと関係を持ちながら広範囲に影響を及ぼした保守的文化批判、社会ダーウィニズム、神秘主義、単に過激な行動主義的革命思想としてではなく、緩やかな反抗の思想としてボヘミアン的知識人や芸術家の間に影響力を持ち続けたアナーキズムなどが、互いに結び付きつつ混在する思想的、観念的状況である。やはり1890年代から、それら思想的、観念的背景と結びつきつつ、ヒッピーの原型とも言うべき入植運動、ワンダーフォーゲルなどの青年運動、その両者ともに密接な関係をもった裸体文化運動など、急激な近代化に抵抗する各種の改革運動が広がりを見せた。ドレスデンで結成され、のちにベルリンに移った「芸術家グループ「ブリュッケ」」、ミュンヘンのカンディンスキーを中心とするグループの活動形態の分析から、そうした背景との関連を探っていこうとした。さらに、ことに「ブリュッケ」、それにカンディンスキーグループが、やがて「ドイツ表現主義」という名のもとにくくられ、それらの運動が終息したのちワイマール時代においてもなお、新たなドイツの「国民的」芸術という意味づけを与えられ、やがてナチスの弾圧によって終焉を迎える間の事情をも研究対象としている。それらを2014年に博士論文にまとめ、2015年3月に大阪大学から博士(文学)の学位を授与された。現在出版に向けて加筆・修正を行っている。2018年度前半には出版の予定である。
 そうした研究の方向性は、もとはカントに予示され、ロマン主義においてはっきりと主張され、1960年代まで現代芸術運動の根幹をなしながら流れていくことになる、芸術に対する根本的な考え方を探ろうという美学的関心に発している。その考え方とは、芸術は基本的に自由であり、それゆえ自然発生的な生成原理にゆだねられるべきであるとする考え方である。カントも美と有機体とを並列的に論じたが、ロマン主義以降の芸術家や批評家は芸術創造について語る際、よく有機体の形成の比喩を用いた。そうした関心から、私は1994年に、アウグスト・ウィードマン著『現代芸術のロマン主義的起源―現代芸術の原点を求めて/比較美学の試み』の翻訳をおこなった。そうした芸術に対する考え方を呼ぶ決まった用語は存在しない。ウィードマンも言うように、その起源は明らかにロマン主義にある。私は「アナーキズム」という概念に興味を持っている。アナーキズムにおいて最も重要視されるのは、いかなる権力にもいかなる制度にも制約されることのない個人の絶対的自由であるが、同時にアナーキストたちは人間の社会的善性に対する楽観主義に立っており、それゆえプロレタリア独裁といったいわば必要悪を介在させることなく、人々が心から無私の姿勢で協力し合って生きていける理想社会の実現は可能だと信ずる。いわば予定調和を信じている。それは、ウィードマンが分析して見せた、ロマン主義に起源を持つ現代芸術ことに彼の場合には表現主義芸術の基本的主張にもよく適合している。
 アナーキズムと芸術哲学との関係への関心から、私はまた、現代芸術運動が開始した1910年代初頭から、それがいったん終息を迎える1960年代後半まで、現代芸術運動を支援し続けた批評家・芸術哲学者で、自らアナーキストであることを公言していたハーバート・リードにも関心を持ち、大学の紀要に計4回にわたって2本の論文を書いた。
 ここ数年来私の中に強く芽生えてきたのが、日本の美や芸術の問題である。それは、数年来茶道にかかわるようになったこととも関係する。日本美術史全般に関心を持っているが、ことに茶道との関係から、西洋近代の動きとは異なり、日本では芸術もまた工芸や建築と一体となって生活の場における美的空間をかたちづくっていたということに美学者として関心を持っている。そうした関心から2人の人物に興味を持つに到った。すなわち、一人は「民芸」運動の提唱者の柳宗悦であり、今一人は書家、篆刻家、画家、陶芸家、料理家、美食家の北大路魯山人である。片や学者で評論家、片や多方面にわたる実作家という違いはあるが、いずれも西洋化、工業化が急速に忍び寄ってくる時代に、新たな目で伝統的な日本の美を見直し、それを新たな形で生活の中に取り戻すことに意を尽くし、精力的な活動を展開した人物である。ただし、ことに北大路魯山人は事あるごとに柳宗悦とその「民芸」の批判を行った。彼はさまざまな人を批判したが、ことに柳宗悦に対しては厳しかった。その理由を今探っている最中である。


 
■ 研究キーワード
W・ディルタイの美学思想 H・リードの芸術哲学 芸術家グループ「ブリュッケ」 ドイツ表現主義 ロマン主義 アナーキズム
 
■ 研究業績一覧
担当経験のある科目 9 件
教育上の能力に関する大学等の評価 1 件
委員歴 1 件
書籍 2 件
論文 1 件
学位 1 件
所属学協会 1 件